種村研究室では,光の波長以下の微細な構造や無数の光素子を半導体チップ(数ミリ角の小片)に高密度に集積する 集積フォトニクス および ナノフォトニクス の研究を進めています。高度な 情報処理技術 を組み合わせることで,超広帯域性・超並列性・線形性などの「光」ならではの特徴を最大限活かしながら,複雑な制御やデジタル演算は電子回路に任せる,いわゆる “良いところ取り” の光電子デバイスを創出し,次世代光通信,センシング,コンピューティングなど,幅広い分野への応用を目指しています。
以下では,最近の研究テーマをいくつか紹介します。
チップ表面に形成した波長以下の微細構造(メタサーフェスと呼ばれています)を用いると,入射光の波面や偏波状態を自在に操作する素子が実現できます。例えば,石英基板上にシリコンからなる楕円柱のナノポストアレイを作製し,その形状を適切に設計することで,垂直に入射された光を偏波成分(ストークスベクトル)毎に分離し,6つの異なる位置に配置したフォトディテクタに集光することができます。得られた光電流信号を用いて適切なデジタル信号処理(DSP)を施すことで,次世代光通信に向けた高速なデータ伝送実験に成功しました。
メタサーフェスの内部に電気光学(EO: electro-optic)材料を埋め込むことで,入射光の強度と波面を高速に変調することができます。一例として,サブ波長回折格子構造内の共振を上手く利用し,垂直に入射された光を1 µm 以下の薄いEOポリマー膜の内部に強く局在化させて,効率良く変調する新しい光変調デバイスを提案し,実証に成功しました。このようなデバイスは,超並列光信号の同時変調や光波面を高速に合成することを可能にし,将来の光通信,イメージング,コンピューティングへの応用が期待されます。
機械学習では大量の積和演算や畳み込み演算が必要になりますが,「光」の持つ線形性と並列性を利用することで,光の干渉回路内を伝搬させるだけで,まさに”光速”かつ非常に低消費電力に,これらの線形演算を行うことができます。 このような「光ユニタリ演算回路(OUP: optical unitary processor)」は,近年世界中で活発に研究されていますが,当研究室では「多面光変換(MPLC: multi-plane light conversion)」というコンセプトに基づく新しいOUPを提案し,従来のアーキテクチャに比べて優れたスケーラビリティを持つことを実証しました。このようなOUPは,深層学習のみならず,量子コンピューティングや次世代光通信においても必要とされており,幅広い応用が期待されます。
無線通信で用いられているフェーズドアレイアンテナを光の波長帯に適用し,数ミリ角の半導体チップ内に集積することで,高速なビームスキャナやイメージング素子が実現できます。アレイ状に並べた大量の光位相シフタを制御することで,任意の光波面を合成することが可能になり,例えば出射方向を高速に切り替えることができます。これまで当研究室では,100チャンネルを超える大規模な光フェーズドアレイ素子や,独自に提案した「非冗長アレイ」のコンセプトを用いた超高分解ビーム走査の実証などに成功しています。このような光デバイスは,将来の自動運転車や自律型ロボットにおいて必須となるLiDAR(レーザー光を用いた3次元イメージセンサ)をはじめとする様々なイメージング素子への応用が期待されます。デバイス開発だけでなく,これらを用いた単画素イメージングや圧縮センシング手法など,新しいコンピュテーショナルイメージング技術やアルゴリズムの探求も重要な研究テーマです。